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ロック等の音楽喫茶覚書(1974年から82年位)



★1974から76年頃に行ったロック喫茶等覚書

■ 渋谷

・ めいじどうり

ずっと「明治通り」だと思っていたけど、検索したら「めいじどうり」と印刷されている
マッチを見て初めて正しい店名がわかりました。地下で、長方形な室内ではなか
ったですか?


・ アナザーサイド

センター街を入って割とすぐに左に曲がったところの地下。
濃いレッドのソファーが置かれてませんでしたっけ?
バンド、紅蜥蜴のサインや落書き的なものが沢山ありました。
(紅蜥蜴は後に東京ロッカーズのニューウェーブバンドであるリザードになりました。
ライブに行きました。)
カーヴド・エアなんかをリクエストして(聞いたことがなかったからですが、おしとやか
でちょっと??したと思いました)。


・ B.Y.G.

ここはまだありますね。ずっとありますように。

・ アピア

これは当時の雑誌ロッキングオンに載っていたので行って見ました。
渋○女子高の制服の生徒さんたちが数人いて、自作のロックアーティストの似
顔絵着せ替え人形を持っていたのですがイラストが凄く上手でしたよ。
スパークスのファースト(1974年)が流れていました。

・ SAV(サブ)

これは、たしかスイングジャーナル(ジャズの雑誌)かアドリブ(1973年に創刊
のスイングジャーナル社のフュージョン雑誌)で知って行ってみました。ピンク
フロイドの狂気(1973年発売)がかかってました。ロックもジャズもかかる店です。
場所は渋谷のどこか、としか憶えていませんでしたが、検索すると「百軒店か
ら青山トンネルの手前に引っ越した」そうです。私は百軒店時代に行きました。


■ 原宿

・ DJストーン

ここのマッチは持ってました(今はありませんが)。
黒地にピンクで、女性の身体を横から見たところ(透し画)
DJブースがあり、そこでレコードを回しているのを見ながら(踊るのではなくw)座
席でコーヒーを飲めましたよね。
ここも照明が暗めではありますが、たまにライト・ショーみたいになって一瞬真っ暗
になりました。


■ 新宿

・ サブマリン

新宿駅から三越、伊勢丹を越してずっと行くと右側の地下にありました。
ここも、かなり暗かった。一番よく行きましたね。
当時のロッキングオン(雑誌)のライターの岩谷宏さんをお見かけしました。
(単に似た方というだけだったかも。)

・ 開拓地 (西新宿)

これは中に入った事はありません。2階。
近くの輸入レコード店に行く途中に見かけたのですが。恐らく、ロック喫茶だったの
では?


■ 下北沢

・ 独

2階で、窓も有り、普通に明るかったですね。
下北沢には「ぐ」というのがあるとは聞いていたのですが、それはどこだかわからず
行けませんでした。
ウィッシュボーンアッシュ百眼の巨人アーガス(1972年)が流れてました。

■ 自由が丘

・ レノン

奥沢側の跨線橋傍の角にありました。土地勘がありすぎるところで、ロック喫茶
という感がしませんでしたが友達は行きたがりましたね。
小奇麗な喫茶店という印象でした。


■ 吉祥寺

・ 赤毛とソバカス
たまたま何かのチラシで知って一度行って見ました。ここは地下ではなく一階
だったかも(アーケード商店街のようなところ?)間違っているかもしれません。


・ ロックやジャズ喫茶ではないでしょうが
当時「モデルもやってる」友達に誘われて行ったのは恐らく業界人御用達だから
ではなかったでしょうか?
青山?ガスコン(バー?)や原宿レオンに誘われがちでした。

その友達は高校生ながら移動は全部タクシーでしたwww


★ 1978年から82年頃まで



■ 新宿

・ ジャズ喫茶
名前ははっきりしません。恐らくDIGかDUG。ここはロックではなくてジャズ喫茶
です。紀伊国屋書店の裏の方にあった所。確か2階?
ワッフルが美味しかったのでそれを食べに行った感じです。

・ バードランド(新宿2丁目) ジャズ喫茶
2階でしたね。
カブ?のお漬物が美味しかったです。未だに食べたくなります。あれは、何とい
う野菜のものだったのか、特別でしたね。


ここは、音楽がどうのではないでしょうけど
・ どん底(?)酒場
有名店らしく、友達で憧れてる人が多かったのか、よく誘われて行きました。


■ 渋谷

・ ナイロン100%
たしか、センター街の向こうの方のパンク・ニューウェーブ(=ポストパンク)、
テクノポップの喫茶店です。2階でした。
「ハイテック」でてらてらと明るく、プラスチックで真っ白い印象でした。
1977年のダムドのアルバムがかかっていました。

まだセンター街は空いていました。


■ 国分寺や国立あたりの喫茶店にもよく行きました

一時期、学校の関係で遊ぶ場所も変わりました。
国分寺の「ほんやら洞」は有名店でしょう。


私の年代の人は多くの場合、小学生のころはGS、中学生のころは四畳
フォーク、そして高校から大学まではディスコですが、私は普通のディスコ
には2,3回しか行きませんでした。
でも ニューウェーブのディスコだけは好きでした。
 ↓

・ 六本木 

クライマックス
霞町の交差点の地下にありました。
照明効果もストロボライトで良かったですね。
広すぎないので包まれている感じで所謂普通のディスコより良かったです。
勿論曲も苦手なディスコソングではなくパンク、ニューウェーブしかかかり
ませんでした。

割りとすぐに閉店になったので悲しかったです。

六本木駅からクライマックスに行く途中に「328」というクラブも見えてました。
半地下の窓から中の若者たちの様子が見えました。
あそこはなんだったのでしょうね。 検索してみたら↓

   (引用: 「328」 1979年、西麻布交差点のすぐそばにオープンしたクラブ。
多くの有名ミュージシャンや著名人にも愛された。オーナーは業界で知られ
た前園勝次さん。) 閉店済み。東京都港区西麻布3-24-20 B1F

バブルが凄くなってくる直前でしたね。
そのころはまだクラブというと、大人向けザギンのクラブ(東京ナイトクラブみ
たいなの)の意味でした。

そう、328は窓から見えてて興味深いけどクライマックスに行くから素通りして
いただけでした。


さて、お店は口コミ、その後、雑誌からの情報でした。
今だったらネットで探すの簡単でしょうけど。



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